2012/06/16

求められる花に



先日久しぶりにお能を観ました。
演者の先生方の、芸道にかける熱い思いが伝わる舞台でした。


最近、「衆人愛敬」という世阿弥の言葉を
今更のように反芻することがあります。
~どれほどの技倆があっても、その芸が観る人から愛されなければ
一座の中心人物として、その集団を盛りたててゆくことはできない~

芸の向上だけではなく、
それを享受し喜ぶ人々の存在を明確に意識し、重んじる姿勢に
常日頃自分が応援してきたグループのことなども思い合わされ、
いろいろと思うところがありました。


「いかなる上手なりとも衆人愛敬欠けるところあらんは
寿福増長のシテとは申し難し」

玄人であれ、素人であれ、今も昔も、
芸能に携わる者、
その道の途上で、この言葉の意味するところにはたと思い当たり、
その意味を噛みしめるときがあるのではないかと思います。

時流に乗れずに不遇にあるとき、支えてくれるのは
自分を支持してくれる人々であると、
その人たちの存在があれば、芸の道が絶たれることはない
とも世阿弥は言いました。

自らの芸を庇護してくれる権力者とは異なる層、
一般の大衆からの喝采を求め、そこに意を用いた世阿弥の能は、
彼の残した言葉通り、
その後の弾圧や様々な苦境を経て、
室町の昔から現代まで連綿と続いて途絶えることはありませんでした。


命には終りあり 能には果てあるべからず


演じる者と享受する人々と。
時代を超えて花を咲かせ続けた…
能の舞台には、それらの人々の息吹が棲んでいると感じます。



最近稽古が停滞しています。申し訳ありません。
また精進したいと思います。

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